萌ゆる目々

あれこれざっくばらん

転職活動に付随した近況報告

はろー。わたしです。


近況報告でもしようかと思う。

会社辞めた。

新しい会社決まった。

入社日まで18日間の休み。


もう大体これだけなのだけど、ちょっとだけ深掘りますね。

会社を辞めるにあたって、ほとんど人に相談をしなかったわたしは、気づいた時には近日中に辞めますと漏らすだけになっていて、そのスピーディーさと悩んだり弱ったりする姿を見せることもなかったことから、辞める辞める詐欺だろ?みたいなことを周囲から思われていたと思う。

そして思われている間に、つつがなく退職交渉を済ませた。


仕事を辞めるって結構大事件だし、普通に悩みもするし弱くもなる。


就活中の学生には死ぬほど病んでいる人もいて、就活の辛さから自殺、みたいなとんでもないニュースもあるけど(事実母校では大学図書館で在校生が就活と失恋の辛さから自殺した事件があった)、学生時代ほとんど就活らしいことをしていなかったわたしは、今回も大して就活らしいことをせずに次の会社が決まった。

辛かったのは退職交渉の方で、なんやかんやこのブログにも書いたけど、それなりに会社の人たちが好きだったので一番迷惑のかけない形で辞めたいというのが念頭にあり、引き止め工作を振り切るにはそれ相応のHPが削られほとんど毎日泣いて帰ってくる始末。

でも、わたしの涙は社内の誰も知らない。


わたしは自分の人生を左右する出来事に他人を介入させるのが嫌いだ。

聞いても3割くらいで留めておくことにしている。

人を信用していないとかそういうことではない。

他人のアドバイスは人生を変える効力を発揮することもあるけれど、発信した側の人間にはなんの責任もないから、1から100まで鵜呑みにしてその通り行動したとしてもお前のせいだと言うことができない。それが怖い。


実際学生時代も就活説明会的なものに一切顔を出さなかったのは、プロであれ他者の意見を耳に入れて、入れたせいでどこかで誰かに責任転嫁したくなったときに何の保証もサービスも受けられない弱い自分を想像したら嫌だったから。それだけである。

転職活動中もうひょー!ニート街道まっしぐらだぜ〜みたいなふざけた会話しかしないようにしていた。


とはいえ、なんかこいつ本気なのでは?と思った一部の勘の良い人達からすごい勢いで連絡が来たときがあった。

この一部の勘の良い人達というのはすべからく異性である。

転職するとか会社を辞めるということは、情緒不安定になっている良い頃合いなのでは?とワンチャン狙いのハイエナ達が寄ってきたのだ。


すごい。嗅覚がすごい。


仕事辞めるんだって?話聞くよ?から始まり、次の会社を紹介してあげるよ!、2人で退職祝いしようよ!、ていうかきちんと人生考えなよとのお叱りなどなど、すげーぜ退職特需。

もう本当にアホらしくて反吐が出た。

ハイエナ達の手を替え品を替え感と、ハイエナに群がられるような餌に見られている自分に。


とはいえ、難航した退職交渉を終えた頃、きちんと自力で決めた会社への入社が決まり、無事ニートにならずに済んだ。

そしてもちろんハイエナには食われてない。

イェイ。


高校卒業する際に、今まで大事な事を相談してもらえなくて悲しかったとか、わたしが話してる時間はめちゃくちゃ長いのに、実際している話って自身の話ではなく他人の話が多くて、実態がわからなかったとか言われたことがある。


その時はピンとこなかったけど、今ならわかる。


できることは全力でサポートするよみたいなことを転職先決まってないまま退職日の広報があったせいで、ハイエナ以外にもちらほら言ってもらえた。

それ自体はありがたかったけど、全力でサポートってなにをサポートしてくれますか?と思っている超嫌なわたしがいたのも事実。


力になりたいんだ的な言葉。

実際純度100%でそういう風に言った人間がいたとして、わたしは純度100%のその言葉をうまく飲み込めない。

だって、そんな言葉わたしが言ったことないから。

自発的に誰かの力になりたいと思ったことがないから。

糸垂らしてくださいと言われてようやく糸を用意し始める人間だから。


どうにも最近誰々の気持ちになってみなさいよと当事者でもないのに誰かの気持ちを汲んで行動してあげる人が多くて(不倫された奥さんの気持ちになってベッキー叩いてた層の人間)、すごく自分が薄情な人間みたいに感じてしまう。

そこになんとなく居心地の悪さを感じる。

いや、上記の例が良くないんだけど、この力になりたいんだ的なプラスの言葉に対しても。

みんな当事者意識がすごくて良くも悪くも偉いなと思う。

なりたいと言われれば別だけど仲間に入りたいと思うこともあったりするんだ。